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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)176号 判決 1995年6月07日

アメリカ合衆国デラウエア州ウイルミントン・マーケツトストリート1007

原告

イー・アイ・デユポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー

代表者

ミリアム・デイー・メコナヘイ

訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

仁木由美子

市川信郷

安達和子

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第23053号事件について、平成4年4月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年11月8日、名称を「熱可塑性重合体フイルムの製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和59年特許願第234225号)をしたが、平成2年8月30日に拒絶査定を受けたので、同年12月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第23053号事件として審理したうえ、平成4年4月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月11日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

熱可塑性重合体フイルムの製造方法であって、熱可塑性重合体物質のウエブを溶融形態で押出し、少なくとも0.08μmの表面粗さを有し且つウエブと急冷ロールとの間に接触線を形成する急冷ロールの表面上にウエブをキヤストしながら、ウエブと急冷ロールとの間の接触線に真空力を同時に適用し、これによって空気がフイルムと急冷ロールとの間で捕捉されることを防止することから成る方法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭57-144727号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭46-439号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1及び同2の記載事項、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の各認定は認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1の相違点の判断に当たり、引用例発明1において、引用例2に記載されているような表面粗さを有する急冷ロールを用いることは当業者が容易に想到しうるとして判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明は特に予測し難い効果を奏することができたものとも認められないとして効果の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点の判断の誤り)

本願発明と引用例発明1とは、審決認定のとおり(審決書4頁9~20行)、熱可塑性重合体物質のウエブを溶融形態で押し出し、ウエブと急冷ロールとの間に接触線を形成する急冷ロールの表面上にウエブをキヤストしながら、ウエブと急冷ロールとの間の接触線に真空力を適用するという真空押付法による熱可塑性重合体フイルムの製造方法の点で一致し、本願発明で使用する急冷ロールが少なくとも0.08μmの表面粗さを有するものであるのに対して、引用例1にはこの点について何も記載されていない点で相違する。

上記真空押付法と引用例2に記載されている静電束縛法は、共にフイルムと急冷ロールとの間に空気が捕捉されるのを可及的に防ぐことを目的として考えられた方法であるが、本願発明が防止の対象としている真空押付法における「まだら状」の発生と引用例発明2が防止の対象としている静電束縛法における「束縛気泡」の発生とは、相互関連性のない別現象である。

すなわち、真空押付法は、真空力の利用によって空気を系外へ吸引除去するという手段により、フイルムと急冷ロールとの接触性を改善して、上記目的を達成しようとするものであるが、運転条件のいかんによっては、従来から知られていたように、キヤストフイルムの大気側(表側)にミカンの皮のような「まだら状」が発生し、キヤストフイルムが破裂するという真空押付法に特有の不都合な現象が生じる。本願発明は、真空押付法における上記不都合を解決するため、急冷ロールの表面を少なくとも0.08μmの粗面に形成することを要件とするものである。

一方、静電束縛法によれば、静電気の適用によって上記目的を一応達成することができるが、運転条件のいかんによっては、キヤストフイルムの急冷ロール側(裏側)の表層部に不連続気泡が取り込まれるという静電束縛法に特有の不都合な現象が生ずる。引用例発明2は、静電束縛法における上記不都合を解決するため、表面粗さが少なくとも0.38μmの急冷ロールを用い、空気をフイルムとロールとの間に一時的に捕捉するという手段を採用したものである。

そして、引用例2は、静電束縛法に関する上記不都合を解決するために特定の粗面を有する急冷ロールを使用することを開示するのみで、真空押付法において急冷ロールの表面を「少なくとも0.08μm」の粗面を形成したならば真空押付法に特有の「まだら状の発生」及び「破裂」を防止することができるであろうことの開示ないし示唆はない。

このように、本願発明及び引用例発明1と引用例発明2とは、技術的課題及び解決手段が異なっており、引用例2に開示された静電束縛法に特有の問題を解決するための特定の表面粗さを有する急冷ロールを、課題及び手段が全く異なる真空押付法に係る引用例発明1に適用してみようとすることは通常考えられない。

したがって、引用例発明1において、引用例2に記載されているような表面粗さを有する急冷ロールを用いることは当業者が容易に想到しうる、とした審決の判断は誤りである。

2  取消事由2(予想外の効果についての判断の誤り)

(1)  上記のとおり、引用例発明1と引用例発明2とは、異なる目的のために、フイルムと急冷ロールとの間の空気の処理に関して異なる手段を教示するものであるから、当業者がこれらを組み合わせることは通常ありえない。

仮に、あえて両者を組み合わせても、それによってもたらされる効果を予測することは不可能である。すなわち、真空押付法にはみられない、静電束縛法に特有の現象である束縛気泡の発生を防止するための引用例発明2の手段を、引用例発明1の真空押付法に組み合わせた場合、いかなる効果の改善が得られるかということは、全く不明というほかない。

(2)  本願発明によれば、フイルム表面の「まだら状」のしきい値が低下し、同時にフイルムの「破裂」のしきい値が上昇する。

「まだら状」は真空押付力が小さすぎたとき(キヤストフイルムと急冷ロール面との接触が不完全なとき)に発生し、「破裂」は真空押付力が大きすぎたときに発生するものであるから、「まだら状」のしきい値が低下し、かつ「破裂」のしきい値が上昇することは、例えば、ある特定の真空度において採用しうる急冷ロールの周速度の範囲が広がり、したがって、高い周速度を採用しうるということを意味する。

本願発明によれば、ある特定のロール周速度において、まだら状を生じる真空度のしきい値が低下し、かつ破裂を生じる真空度のしきい値が上昇するという効果、すなわち、ある特定のロール周速度を採用した場合に、まだら状も破裂も生じることなしに運転しうる真空度の範囲(窓)が広がるという効果が奏される。

また、これと同様に、ある特定の真空度を採用した場合に、まだら状も破裂も生じることなしに運転しうるロール周速度の範囲(窓)が広がるという効果も奏される。

さらに、本願発明では、従来連続式製造ラインで、商業的に許容しうる速度で製造されえなかった薄い厚さのフイルムの製造を可能にするという効果をもたらすものであり、これらの効果は、本願明細書に明示されている(甲第2号証の1、明細書12頁8行~15頁7行及び図面第1~第3図)。

上記のように、本願発明において「窓が広がる」とは「より低い真空度」及び「より高い周速度」で運転が可能となると共に、「より高い真空度」及び「より低い周速度」での運転が可能となることを意味する。そして、このことは、安全運転の条件にゆとりがあって真空度又は周速度の変動に影響されることなく定常的な生産を維持できることを意味するものであり、これにより運転コストの低下及び生産効率の向上がもたらされることは明らかである。

(3)  以上のように、真空押付法において、少なくとも0.08μmの表面粗さを有する急冷ロールを使用することによって得られる効果は、引用例発明1及び2に示唆がなく、これらのものからは予測できないものである。

したがって、「本願発明は、この点で特に予測し難い効果を奏し得たものとも認められない」とした審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例発明2において、特定の表面粗さを有する急冷ロールを用いる目的は、静電束縛法を用いる際の特有の現象のように思われる「束縛気泡」を防止するためであるが、審決に記載され、原告も認めるとおり、「急冷ロールの表面の粗さは、ウェブと急冷ロールとの間の空気を逃がす通路の役割を果たすものと解される」(審決書5頁17~19行)のである。

一方、本願発明において、「まだら状」は、フイルムと急冷ロールの表面とが不完全に接触する場合に発生するものであり(甲第2号証の1、明細書12頁11~13行)、このような「まだら状」の発生を防止することは、すなわち、フイルムと急冷ロールとの間に空気が捕捉されることを防ぐことであるから、引用例発明2の急冷ロールの表面の粗さは、引用例発明1において真空力を利用する目的、すなわち、ウエブと急冷ロールとの間に空気が捕捉されるのを防止することに合致し、しかも、このような役割が真空力を利用する場合には働かないと解すべき理由は特にないから、引用例発明1の急冷ロールに、引用例発明2に開示された特定の表面粗さを有する急冷ロールを用いてみることは、当業者であれば容易に想到しうることである。

(2)  原告は、引用例発明2におけるロール粗表面の役割は、ウエブとロールとの間に空気を捕捉することにあると主張するが、引用例2には、「この相互連結部は・・・少量のガスが消費される通路を与えるものと信じられる」(甲第4号証6欄12~14行)と記載されていることからみて、誤りであることは明らかであり、また、原告が審決の「急冷ロールの表面の粗さは、ウェブと急冷ロールとの間の空気を逃がす通路の役割を果たすものと解される」との上記記載を認めている事実からも失当である。

2  取消事由2について

(1)  「まだら状を防ぐ」ことは、すなわち、「フイルムとロールの間に過剰な空気が捕捉されるのを防ぐ」ことであるから、本願発明において、まだら状の発生が防止されるということは、急冷ロールの表面の粗さの役割、すなわち、ウエブと急冷ロールとの間の空気を逃がす通路の役割が働くことにより、当然予想される効果にすぎない。

(2)  急冷ロールの表面粗さの役割が働くことによって、まだら状の防止(すなわち、空気の捕捉防止)に必要な真空力は、表面粗さを有しない急冷ロールを用いる場合に比較して小さくて済むことは、容易に予測可能である。

ウエブを急冷ロールに押し付けるのに必要な真空力が小さくて済むということは、とりもなおさず、必要な真空力の大きさとフイルムの破裂に至るまでの真空力の大きさの範囲が拡大することであり、したがって、運転条件の範囲(窓)が広がるという効果は容易に予測しうる。

また、従来達成できなかった高い商業速度で薄い厚さのフイルムの製造を可能にするという効果も、前記運転条件の範囲(窓)が広がるという効果に基づく効果であるから、予測可能なものである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の判断の誤り)について

本願発明と引用例発明1とが共に、真空押付法に係る発明であり、両者が「本願発明で使用する急冷ロールが少なくとも0.08μmの表面粗さを有するものであるのに対して、引用例1にはこの点について何も記載されていない(通常は鏡面とされている)点で相違する」(審決書4頁16~20行)こと、また、引用例発明2が静電束縛法に係る発明であることは、当事者間に争いがない。

原告は、引用例発明2は、静電束縛法において束縛気泡(不連続気泡)が発生するのを防ぐために急冷ロールの表面に粗面を形成したものであって、このロール粗表面の役割は、ウエブとロールとの間に空気を捕捉することにあり、解決しようとする課題及び解決の手段が真空押付法である引用例発明1とは異なるから、これを引用例発明1に適用しようとすることは考えられない旨主張する。

しかし、引用例2(甲第4号証)の「必要な表面の粗さの他に、本発明の方法に用いられる急冷面は多数の相互連結した穴をもつことを特徴としている。・・・この相互連結部は通常束縛気泡として生じる少量のガスが消費される通路を与えるものと信じられる」(同号証6欄9~14行)との記載によれば、審決認定のとおり、「急冷ロールの表面の粗さは、ウェブと急冷ロールとの間の空気を逃がす通路の役割を果たすもの」(審決書5頁17~18行)と解することができ、これによって、フイルムと急冷ロール間に束縛された空気を逃がすことにより束縛気泡の発生を防止するものであることが認められる。すなわち、静電束縛法において、束縛気泡が発生するのは、フイルムと急冷ロール間に空気が引き込まれ束縛されることによるものであることは、引用例2の記載から当業者にとって既知の知識であったことが明らかである。

一方、本願出願当時、真空押付法において、まだら状が生ずるのは、フイルムと急冷ロールとの間の空気の捕捉によるものであることが、当業者にとって既知のことであったことは、原告も認めるところである。

そして、「急冷ロールを用いるキャストフィルムの製造方法において、ウェブと急冷ロールとの間に空気が捕捉されることを防止するためには、ウェブを急冷ロールに押付けることが通常行われており、そのための手段として真空力を利用することも静電気を利用することも当業者には広く知られた技術である」(審決書5頁2~8行)ことは、当事者間に争いがなく、また、上記のように、まだら状又は束縛気泡が生ずるのは、フイルムと急冷ロール間に空気が引き込まれ捕捉されることによるもので、この点において、静電束縛法によると真空押付法によるとで異ならないことが当業者において既知の知識であったことに鑑みれば、真空押付法に係る引用例発明1においても、引用例発明2と同様に急冷ロールの表面に粗面を形成し、フイルムと急冷ロールとの間に引き込まれる空気を逃がす手段を設ければ、「まだら状」が発生するという不都合な現象を抑制できるであろうことは、当業者が容易に想到できるものというべきである。

したがって、「引用例1記載の発明において、引用例2に記載されているような表面粗さを有する急冷ロールを用いてみることは当業者が容易に想到し得ることである」(審決書6頁3~6行)とした審決の判断に誤りはない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(顕著な効果の看過)について

空気の捕捉は急冷ロールの回転速度を増すことに伴い生ずるものであるが、引用例2には表面を粗面化した急冷ロールを用いることにより、束縛気泡の出現を除去し、したがって、注型速度を増加させることができることが開示されている(甲第4号証9欄1~5行)。

そして、前示のとおり、まだら状も束縛気泡も共にウエブと急冷ロールとの間に空気が引き込まれ捕捉されることにより発生するものであるから、真空押付法でも粗面化した急冷ロールを用いて引き込まれる空気の逃げ場を設け、空気の捕捉を防止すれば、まだら状を発生させることなく注型速度を増加させる(まだら状を生ずるロール周速度のしきい値を上昇させる、すなわち、まだら状を生ずる真空度のしきい値を低下させる)ことができるであろうことは、当業者が容易に予想できることと認められる。

本願明細書及び図面(甲第2号証の1)には、熱可塑性重合体フイルムの製造時に破裂を生ずる真空度とキヤステイングロール(急冷ロール)の周速度の試験データが示されており、磨いた急冷ロールを使用する従来の方法(第1図及び第2図)と、粗面ロールを使用する本願発明の方法(第3図)を比較すると、粗面ロールを使用することにより、破裂を生ずる真空度のしきい値が上昇すること(破裂を生ずるロール周速度のしきい値が低下すること)が認められる。

原告は、この効果は各引用例から予測できない効果であり、このことと上記まだら状を生ずる真空度のしきい値が低下することから、本願発明は、運転条件の範囲の拡大及びこれに基づく高い商業速度で薄い厚さのフイルムの製造を可能にするなど顕著な効果を生ずるものと主張する。

しかし、上記破裂を生ずる真空度のしきい値が上昇する効果は、前示まだら状を生ずる真空度のしきい値を低下させる効果とともに、「粗い急冷ロールを、真空の助けを借りたフイルムのキヤステイングと組合せて利用することに由来する」(甲第2号証の1、明細書12頁8~10行)ものであるから、引用例発明2の粗面化した急冷ロールを採用すれば当然に奏される効果にすぎないというべきである。

審決が、本願発明は、「特に予測し難い効果を奏し得たものとも認められない」としたのは、この趣旨と解され、結局のところ、審決の判断に誤りがあるということはできない。

3  以上によれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第23053号

審決

アメリカ合衆国 デラウエア州 ウイルミントン・マーケツトストリート 1007

請求人 イー・アイ・デユポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館内

代理人弁理士 小田島平吉

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館 小田島特許事務所

代理人弁理士 深浦秀夫

昭和59年特許願第234225号「熱可塑性重合体フイルムの製造法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年6月5日出願公開、特開昭61-118215)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和59年11月8日の出願であって、その発明の要旨は、平成2年4月17日付けの手続補正書によって補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「熱可塑性重合体フィルムの製造方法であって、熱可塑性重合体物質のウェブを溶融形態で押出し、少なくとも0.08μmの表面粗さを有し且つウェブと急冷ロールとの間に接触線を形成する急冷ロールの表面上にウェブをキャストしながら、ウェブと急冷ロールとの間の接触線に真空力を同時に適用し、これによって空気がフィルムと急冷ロールとの間で捕捉されることを防止することから成る方法。」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本出願前頒布された刊行物である特開昭57-144727号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明は、ウェブの均一押しつけ装置に関するものであるが、その明細書及び図面の記載に徴して、熱可塑性重合体物質のウェブを溶融形態で押出し、ウェブと急冷ロールとの間に接触線を形成する急冷ロールの表面上にウエブをキャストしながら、ウェブと急冷ロールとの間の接触線に真空力を適用し、これによって空気がフィルムと急冷ロールとの間で捕捉されることを防止することから成る熱可塑性重合体フィルムの製造方法が記載されているものと認められる。

また、同じく原査定の拒絶の理由に引用された本出願前頒布された刊行物である特開昭46-439号公報(以下「引用例2」という。)記載の発明は、熱可塑性フィルムの高速製造方法に関するものであり、溶融したフィルムをフィルムの全幅に亘ってフィルムに静電荷を付与する少なくとも1個の電極の近傍にそれと接触させないで通すことにより電気的に接地した急冷面上に溶融したフィルムを押出し、押出したフィルムを急冷面に束縛し、しかる後フィルムを少なくとも一方向に配向させて熱可塑性重合フィルムを製造する際、表面の粗さが少なくとも0.38μのr.m.sであり、且つ多数の相互連結した穴を有する急冷面上にフィルムを押出すことを特徴とする方法が記載されている。そして、ここでいう急冷面が、本願発明の急冷ロールを含むものであり、急冷面の表面粗さが、本願発明の急冷ロールの表面粗さと同一の範囲を含むことは明細書および図面の記載に徴して明らかである。

そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、両発明は熱可塑性重合体物質のウェブを溶融形態で押出し、ウェブと急冷ロールとの間に接触線を形成する急冷ロールの表面上にウェブをキャストしながら、ウェブと急冷ロールとの間の接触線に真空力を適用し、これによって空気がフィルムと急冷ロールとの間で捕捉されることを防止することから成る熱可塑性重合体フィルムの製造方法の点で一致し、本願発明で使用する急冷ロールが少なくとも0.08μmの表面粗さを有するものであるのに対して、引用例1にはこの点について何も記載されていない(通常は鏡面とされている)点で相違するものと認められる。

この相違点について検討すると、急冷ロールを用いるキャストフィルムの製造方法において、ウェブと急冷ロールとの間に空気が捕捉されることを防止するためには、ウェブを急冷ロールに押付けることが通常行われており、そのための手段として真空力を利用することも静電気を利用することも当業者には広く知られた技術であるが、これらの技術において急冷ロールに関する改良は、特に妨げる理由の無い限り、真空力を利用する場合においても静電気を利用する場合においても同様に利用し得るものと認められる上に、引用例2の第2ページ右下欄11行目以下には「この相互連結部は通常束縛気泡として生じる少量のガスが消費される通路を与えるものと信じられる。」と記載されているが、このことはその技術内容から見て、急冷ロールの表面の粗さは、ウェブと急冷ロールとの間の空気を逃がす通路の役割を果たすものと解されるし、このような役割はウェブを急冷ロールに押付ける手段として真空力を利用する場合も、静電気を利用する場合と同様に働くであろうことは、当業者が容易に理解し得ることであるから、引用例1記載の発明において、引用例2に記載されているような表面粗さを有する急冷ロールを用いてみることは当業者が容易に想到し得ることであると認められる。

また、本願発明は、この点で特に予測し難い効果を奏し得たものとも認められない。

したがって、本願発明は前記引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年4月2日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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